10月20〜23日まで、3泊4日で吉野・天河・高野山、その他いっぱいの素晴らしい場所へ行ってきました。
一人で遠くへ泊まりがけで行くのは、7月の京都以来です。
7月の京都は1泊2日で、移動は全て電車やバスでOKでしたし、初日は自分以外の方とお目にかかれた、にぎやかな旅となりました。
一転、この旅では、4日間、ずっと一人であちこち、レンタカーで回る旅でした。
ちょうど、紅葉が色づき始めた、美しい季節にめぐれて良かったです。

余裕を持ってスケジュールを組んだのですが、
どこに行っても、基本的にカーブが多い、狭い山道で。
山、また山。
たまに、山間に家が点在する集落を通っても、人も歩いていないし、人が住んでいる気配がなかったり。
(おそらく、お家の中にはいらっしゃったのでしょうが…)
「山道」といっても、
比較的真っ直ぐで広い道が多い新潟育ちの私にとっては、この移動はなかなかハードルが高く、
移動中は、それこそ全身全霊を傾けて、安全運転で移動していました。
また、この旅で迎えた朝、全て、どちらかのお寺やお宮で早朝から行われる朝拝やお勤めに参加させていただきました。
昼間は、運転、そしてパワースポットやお宮やお寺を巡って、また運転、
夕方、宿に着いたら、お夕飯とお風呂をいただいて、早めに就寝、
翌朝、早朝に起きて急いで身支度し、お宮やお寺へ移動、
その後、宿に戻り、朝食をいただいて少し休んだら、また運転へ、(振り出しに戻る)、
という感じで、あっという間に濃い1日が終わり。
Wi-Fiが届きにくいところも多かったので、
道中、写真撮影や地図の検索以外はスマホをいじることもなく、
SNSにログインすることもほとんどなく。
ただただ、夢中で走り抜けた4日間でした。

旅を終え、帰宅し、ゆっくり休んで気づいたのは。
旅の前は、
いかに自分が余計なものをいろいろ抱え込んでいたのか、
いかに、疲れていたのか…!
ということでした。
自分なりに、
「今は、これは終わらせるもの、手放すもの」と、粛々と取り組み、
「今、自分がなすべきこと」に集中すべく、整理していたつもりでした。
しかし、なぜか仕事や家事をこなす気力が続かない時もあり。
いくら休んでも、
逆に、ジムで運動し、リフレッシュしようとしても、
疲れが取れない時もありました。
旅に出て、「非日常」「イレギュラー」な状態に身を置き、
SNSなど、余計なものから離れ、気づいたことは、
「知らず知らずのうちに、いかに不要なものを抱え込んでいたのか」
ということでした。
「不要なもの」は、
「目に見えるモノ」だけではありません。
「自分にとっては、すでに不健全だったり、不要な人間関係」であったり、
「もう、今の自分にとっては、旧い、不自由で不健康な思い込みやとらわれ、執着」であったり、
「自分自身への、不要で劣等的な思い込みや設定」かもしれません。
本来、それらのものは、自分で気づき、手放せると良いのですが、
人は、自分のことは、意外と自分ではわかりません。
気を紛らわせるように、
何気なく気軽にいじるスマホやSNSから、
いかに、自分にとって不要な情報やエネルギーが流れてきていたのか…。
結果的にデジタルデトックスとなり、
静かな山の環境で、自分と向き合うことで、
余計なものをどんどん手放し、
「フラットでシンプルな、軽やかな、本来の自分」に戻るって、とても大切だな…
と感じました。
「本来の自分」に立ち返ることができるからこそ、
家族といられる大切さを改めてかみしめたり、
今、仕事で何に取り組めばいいのかが、わかるし、取り組める。
逆に、なんとなくスマホをいじってしまう方は、とても疲れてしまっているし、自分を見失いやすいです。
「本来の軽やかな、ほんとうの自分」を感じると、
幸せや豊かさを感じやすく、
良い方向へ人生が回っていきます。
ご自身の、本当に大切なものを、大切にしていきたいですね。
また近いうちに、旅に出ようと思います。
この旅についても、またnoteなどでシェアしますね。