「僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない」
そんな歌が、昔ありました。
リアルタイムで聴いていた昭和生まれの私は、「本当にその通りだ」と思いながら聴いていました。
でも、全てを「勝ち負け」という価値観で見ていくのは辛すぎますし、
今はそういう価値観の世界でも無くなりました。
その価値観だと、今では論理破綻になってしまうというか、無理が出ちゃうんですね。
なぜなら、
誰も勝ってもいないし、負けてもいない。
「負けている」と思っている場合は、そういう価値観をまだ持っているからなのかもしれません。
どういう価値観を持つかはその人それぞれの自由。
だけど私は、そういう価値観ではなく、
もっと優しく、
もっとおおらかで、
もっと穏やかな、
そんな世界で生きていきたいなあ、と感じています。
そんな勝ち負けの考え方で、これはアリ、というものが二つあります。
(厳密にいうとそれらは「勝ち負け」ではないのですが)
一つは、ゲームやスポーツでの勝ち負け。
これは一定のルールの下でやっているから、面白いし、フェアなわけですね♪
「勝っても負けても面白い!」と思えるものに出会えることは幸せなことですよね(^^)
もう一つは、
「自分の限界を感じた時」。
ちゃんとやっているつもりだったのに、周りから取り残されていた…とか、
自分の考え方や行動量が甘ったり、目指していた方向性が適切じゃなかったために、
自分の思った通りの結果が出なかった時。
そんな時、「何かに負けたような気持ち」になったり、
場合によっては「自分の情けなさ」に気づいて、泣けてしまう時もあるかもしれません。
でも、そんな時はとても大切な時なんじゃないのかな、と思います。
そんな時は、自分を責めないでほしいです。
情けなさを感じているということは、「冷静に現実を受け入れようとしている」とき。
情けなさやどん底感を感じても、
現実を受け入れたら、またそこから前に歩いて行けばいい。
「負け」を認めた瞬間から、全てが始まっていきます。
目の前のことを、一つ一つやっていく、ただそれだけで十分です。
どんなにどん底の時でも、目の前には必ず「その時やらなきゃ行けない何か」がそっと置かれています。
それを素直な気持ちで取り組むとき、
些細なことのようでも、それは「勝ちにこだわりすぎていた」自分からすると、とても大きな一歩なんじゃないのかな♪、と思います。
松下幸之助さんだったか、稲盛和夫さんの言葉に、
「人生には負けしかない。
負けて、工夫して、また負けて工夫して、その繰り返しで進むしかない」
という言葉を知った時、とても励まされ、気持ちが楽になりました。
「ああ、負けていいんだな」、って。
負けたからって、自分が損なわれるわけじゃない。
自分の余計な部分を削ぎ落としてもらっただけ。
負けたからこそ、現実を受け入れて前に進んでいきましょ♪